Google元CEOが語る「インターネットのもたらす未来」

インターネットが人々に権力を与える

 インターネットがこの世に登場して30年、既に僕たちの生活はあらゆる面で激変しています。ただ、「インターネットの力はこんなものではない」という意見もあり、多くの有識者がさらなる世界の変容を予測しています。

 そうした「インターネットのもたらす未来」について、説得力ある内容を提示しているのが、エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン共著『第五の権力 Googleには見えている未来』(ダイヤモンド社)です。 

第五の権力---Googleには見えている未来

第五の権力---Googleには見えている未来

  • 作者: エリック・シュミット,ジャレッド・コーエン,櫻井祐子
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2014/02/21
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 エリック・シュミット氏は2001~11年にかけてGoogleのCEOを務めたIT業界の大物。ジャレッド・コーエン氏は史上最年少24歳で米国国務省の政策企画部に採用され、2006~2010年にかけてライス、ヒラリー両国務長官の政策アドバイザーを務めた方です。

 タイトルにもなっている「第五の権力」とはすなわち、インターネットを駆使して人々が持つこととなる力の総称と言い換えられます。立法、司法、行政という「三権」に、第四の権力としてメディアが加わりましたが、さらにその次の権力というわけです。

 本書では、報道、国家、革命、テロ、戦争、復興といった各項目が、インターネット(特にモバイルネットワーク)の普及によってどのような変化を遂げるのかが述べられており、未来を垣間見たい方にオススメです。

『第五の権力』の目次

第1章 未来の私たち
第2章 アイデンティティ、報道、プライバシーの未来
第3章 国家の未来
第4章 革命の未来
第5章 テロリズムの未来
第6章 紛争と戦争の未来
第7章 復興の未来

旧メディア生存の鍵は信憑性と高品質

 最近ではスマホとSNSの普及によって、事件や事故、災害などの現場に居合わせた誰もが「記者」になり得る時代となりました。ニュースの速報性という面では、そうした個人にテレビ、新聞、雑誌といった旧メディアが勝つことは絶対に不可能でしょう。

 しかし、どこにでもいる個人が発信した情報は、まず信憑性の有無が問題となります。そして、早く事実を伝えるという点のみでは勝っている個人たちも、そのニュースがどのような意味を持つのか深く分析する能力はなかなか持ち併せておりません。

 したがって、これまで以上に情報が氾濫する中、「今後も旧メディアは信憑性と高品質を担保する役割を果たしていく」とエリックは語ります。

C2Cモデルの好例「BUYMA」

 インターネットの普及によって、個人の力が増大するというのは、いかなる分野にも通じる真理でしょう。

 例えば、エニグモの運営するC2Cのソーシャルショッピングサイト「BUYMA」。こちらは、日本に居ながら世界152カ国に点在する12万5000人もの個人からブランド品を安く買うことのできるサービスとして、2019年1月期決算の段階で会員数600万人以上を誇っています。

 分かりやすいように具体的な金額で例えましょう。日本の百貨店などでは様々な中間マージンが発生して10万円で売られている海外のブランドバッグがあるとします。それを現地在住の個人がセール時などに6万円で購入し、「BUYMA」を利用して8万円で出品するという具合です。

 日本にいる人は国内の百貨店で買うよりも2万円安く購入でき、出品者も2万円の利益を上げられ、この取引を行うためのプラットフォーム「BUYMA」を構築しているエニグモは出品者と購入者から取引額の5%ずつを受け取る三方よしのビジネスモデルとなっています。

 ただ「BUYMA」の強みは、単にブランド品が安価に買えることだけではありません。むしろ特徴的なのは、その膨大な商品数。出品されているのは約320万点に上るというから驚きです。

 これまでは商社の意図に基づいて選ばれた商品のみが輸入され、店頭に並んでいました。しかしエニグモはインターネットを駆使して世界中に点在する個人を「BUYMA」のプラットフォーム上に乗せたことで、もしかしたら埋もれていたかもしれない商品にまで光を当て、ロングテールな商品展開を可能としたのです。

 このように「BUYMA」は、まさにインターネットが「個人」に力を付与した結果生まれたサービスの好例と言えます。

働き方や資金調達にも影響

 アプリ開発からデザイン制作、データ入力まで、企業や個人がインターネットを通してスキルのある人間に様々な業務を発注できるクラウドソーシングサービスも、インターネットが個人の力を高めることを示す象徴的なビジネスモデルですね。

 同サービスを提供する会社の中でも特に有名なクラウドワークスは、その将来性が見込まれ、赤字決算にも関わらず2014年末に東証マザーズへ上場を果たしました。

 その他、インターネットを通じてある企画に対する投資を募り、目標金額に達するとプロジェクトを始動するクラウドファンディングなども同様でしょう。不特定多数の個人が自分とは無縁の地域で行われるプロジェクトにお金を出し、それによってこれまでは到底諦めざるを得なかったような事業を立ち上げることが可能となりました。

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10年でコンピュータの性能は128倍に

 上記のような象徴的な事例だけでなく、インターネットはビジネスを展開する上で切っても切り離せない存在となっています。しかし、これからビジネスモデルを構築するならば、今現在のテクノロジーを前提としていては遅きに失するでしょう。

 コンピュータの進歩を語る上でよく登場する「ムーアの法則」という公式があります。インテルの創業者の一人であるゴードン・ムーア氏が唱えたこの法則は、簡単に言えば、「コンピュータの計算処理能力は18カ月で2倍になる」というものです。

 1年半で2倍ですから、3年で4倍、10年ちょっとも経てば128倍になるということですね。こうした加速度的な成長ペースは、最終的には収束するでしょうが、多くの専門家の見立てではまだその兆しは見られないそうです。

 1969年にアポロ11号が月面着陸した際、その管制塔の役割を果たしたコンピュータより、現在私たちが手にしているiPhoneの方が処理速度は速いと聞いたことがありますが、50年の時を経ていると考えれば十分に頷ける話です。

 さて、こうしたコンピュータやインターネット業界の激流に身を置くとなれば、せめて2~3年後くらいは予測した上でビジネスモデルを考えねばなりません。さもなくば、構築した瞬間に前提としていた技術が陳腐化する恐れがあるからです。

 ちまたではAI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータという言葉が流行っていますが、それらが普及することで何が起こるのか、本書でも少しだけ垣間見ることができました。

行政情報のクラウド化で国土消滅に備える

 インターネットの進化がもたらす影響について、ビジネスから政治の世界へ目を移すと、これまた様々な難題にぶち当たります。

 エリックは本書で「今後、ますます国家運営は難しくなる」と説いていました。それは、内政的にも外交的にも、今後は国家が「現実と仮想」という2つのアイデンティティを持たねばならなくなるからです。

 すなわち、インターネット上(=仮想世界)では言論の自由を許してガス抜きをしておきながら、現実世界におけるデモ行進は抑圧したり、現実世界では親密に貿易を行っている相手国に対して、何らかの形でサイバー攻撃を仕掛けたり、といったことが起きてくる可能性があります。

 アメリカ軍はすでにサイバー空間を陸海空、そして宇宙空間に続く「第5の戦場」と位置付けており、そのための特殊部隊も作ろうとしています。また、国家運営という面では、バルト三国の1つエストニアなど、国土が消滅しても政府を存続できるように、行政に関わるデータをデジタル化してクラウドに保存しているのだとか。長年ロシアの脅威に晒されてきた歴史的背景が、そうした国家消滅の危機意識を高めているわけですね。

プライバシー保護 vs 犯罪抑止

 国民の情報についても、その取り扱いが難しくなるでしょう。「街中に付いている監視カメラの画像を収集する」とだけ聞けば、「個人のプライバシーの侵害だ!」と反論する方が多く出てくると思います。しかし、それが凶悪犯罪の捜査のためであればどうでしょう。

 実際にイギリスでは国内に600万台もの監視カメラが設置されていますが、犯罪が抑止・摘発されているとの実績から、国民は支持しているようです。ただ、こうした情報の収集が国民の不当な統制に使われる可能性も否めないことは確か。どこに線を引くかで、政府は賛否両論の板挟みとなりそうです。

 情報統制がより厳しい国家では、さらに事態は深刻かもしれません。「天安門事件」と検索した際の接続規制を行っていた中国などは、もはや執念とすら言えるレベルの統制を行っており、その技術力の高さにはむしろ驚嘆すべき部分がありますが、いずれはその防波堤も崩れるでしょう。

 北朝鮮に暮らす人々も、僕らからすれば貧しい生活を強いられて気の毒なように思えますが、もしかしたら彼ら自身はそれが当たり前だと思っているかもしれません。「隣の芝生は青い」という諺があるように、自分が幸せかどうかの価値基準が狂うきっかけは、大抵他人の状況を聞き知った時です。

 いくら暮らしが貧しくとも、比較する対象が同じように貧しい近隣の人々だけであれば、「こんなものか」と考えてもおかしくありません。こうした統制国家にとって、インターネットは脅威でしょう。自分たちの生活を相対評価する上で必要な比較対象の情報が、電波に乗って大量に入ってくるわけですからね。

インターネットはあくまで手段

 また、国家に対して反旗を翻す上でも、インターネットは影響力を持ちます。2011年頃に中東で大旋風を巻き起こした「アラブの春」も、twitterやfacebookのようなSNSの普及によって遠くの人びとが簡単に繋がれるようになったことが原因の一つと言われています。

 ただ、エリックの言及で興味深かったのは、「インターネットは革命を加速させることはできるが、その中から良い指導者が生まれてくるかはまた別の話」というもの。大衆が一斉に蜂起するための手段としては、インターネットは適切ですが、指導者が現れなければ結局どこかで第2の独裁政権が生まれてしまう可能性もあるのです。

 そうした意味で、日本の明治維新は革命としては上手くいった方だったのでしょう。寺子屋の普及で、民衆に至るまで識字率はかなり高かったと言いますし、一人前の武士(=リーダー)を養成すべく教育の行われていた各藩の藩校が優秀な人材を数多く輩出したことは、明治新政府樹立とその後の殖産興業・富国強兵に深い関わりを持つと思います。

 現代になってインターネットが生まれ、ツールは劇的に変化しましたが、あくまで社会を構成するのは人であり、「人が命」という本質的な部分は変わらないのかもしれません。