ジョニー・デップ主演『トランセンデンス』に見るAIの未来

AIは敵か味方か

 AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の時代が叫ばれ始めてからもう随分と経ちます。将来的にコンピュータが人間の知能を超える「シンギュラリティ」が訪れるのは間違いないと言われていますが、その具体的な時期は2030年なのか、はたまた2045年なのか。その予測は有識者に任せましょう。

 AIを話題に上げると、「人間の知能を超越したコンピュータは人類の敵か味方か」がよく議論の対象となります。

 AI肯定派はコンピュータ(そしてそれを積んだロボット)について、ドラえもんやアトムのように人間の役に立ち、便利な世界を作る手助けをしてくれる存在として認識しています。

 一方のAI反対派は、コンピュータを「人間の仕事を奪う存在」として捉え、もっと言えば「人類を超越して世界を支配する可能性もある」と考えている方もいます。映画で例えるならば、ターミネーターやマトリックスの世界でしょうか。

 そんなAIが発達した場合に起こりうる1つの未来の形として、興味深い示唆を与えてくれるのが、ジョニー・デップ主演のSF映画『トランセンデンス』です。以下、重要なネタバレは一切ありませんので、安心してご覧ください。

トランセンデンス(字幕版)

『トランセンデンス』のあらすじ

 簡単に『トランセンデンス』の概要だけ説明しましょう。

 舞台は現代アメリカ。AIの研究を行う科学者ウィル・キャスターは、日夜新型コンピュータの開発に取り組んでいましたが、ある日、過度な技術の進歩に反対するテロ組織のメンバーから撃たれてしまいます。

 共同研究者で妻のエヴリンは、もはや夫の命が長くないことを悟り、彼の「意識」を開発中のコンピュータにアップロード。こうしてウィルは、体を失いながらもAIとして蘇ることとなりました。

 コンピュータの中の「ウィル」は、インターネット上から様々なビッグデータを得て進化していくのですが、徐々にエヴリンとの間には齟齬が生じ…というあらすじです。

 ちなみに、後半はかなりSF色の強い展開となっていき、現時点の技術力では非現実的な世界観の下に進行します。ただ、それはそれで面白いので、映画全体としてもオススメです。

人間の「意識」をアップロードする

『トランセンデンス』は、AIに関して様々な論点を提供してくれます。

 まず、人間の「意識」はアップロードできるのか。そしてこれが可能な場合、「意識」はコンピュータの中で何らかの成長を遂げるのか。さらに、そのコンピュータの中の「人格」は実際の本人の代替となりうるか。

 残念ながら、現在は脳の全容すら解明できていないので、「意識」のアップロードについては構想段階です。ただ、これを本気で行おうとしている企業すらあるくらいですから、将来的には可能になるかもしれません。

 一方『トランセンデンス』の中では、ウィルの「意識」がアップロードされ、それがコンピュータ上でビッグデータを取り込みながら進化していく様子が描かれます。しかしその「意識」は、皮肉にも進化するにつれて、人間だった頃のウィルとは異なった様相を帯びてくるのです。

AIはビッグデータの質に左右される

 AIは人工の「知能」と言われていますが、実のところ膨大な量のデータを集積し、そこから一定のパターンを見出して、素早い情報処理や予測を行っているに過ぎません。したがって、もし人の意識をアップロードできたとしても、これをAIに接続した時点で収集するデータが実際の人間と食い違ってきますから、その分だけ人格に差異が生じていくのは当然と言えます。

 2016年、マイクロソフトの開発したAIがナチスを賛美するような発言をして停止せざるを得なくなったのも、ビッグデータの「質」の影響によるものです。AIに食べさせるデータによっては、偏った考えなどが醸成される可能性が多分にあることの証左と言えます。

『トランセンデンス』でも、AIに接続された後のウィル(の意識)は、人格の面で妻エヴリンとの間に「齟齬」を生じさせてしまいました。したがって、本当の意味で「人間」ウィルの代替になることはできなかったわけです。

 こうした理由から、仮に意識をコンピュータ上に「アップロード」できても、再びリアルな世界に「ダウンロード」するのは至難の業でしょう。

 アップロードであれば、単に意識をデジタル化して保存しておくだけです。しかしダウンロードとなると、リアルな世界側に改めて「意識」の受け皿が必要になります。現時点でそれを担えるのはAIのみですが、先ほど書いた通り、AIと接続した瞬間に、その「意識」はもはや元の自分自身ではなくなってしまいます。f:id:eichan99418:20190404032732j:plain

人類は永遠の命を手に入れる

 もしAIがさらに発達して、ある意味で人間と同程度に「レベルを落とした」情報収集を行い、アップロードされた意識の持ち主と同じ思考ができるようになれば、人格的にも齟齬が無くなるかもしれません。そうなると、意識のアップロードとダウンロードが自在になり、最終的には「寿命」という概念が無くなる可能性もあります。

 人間が永遠に生きられないのは、体や臓器などが著しく損傷し、修復不能になるためです。反対に、脳が衰えることはあっても「意識」そのものが老衰することはありません。

 したがって、自身の肉体が衰えて自由が利かなくなってきたと思ったら、一度意識をコンピュータ上にアップロードし、別の肉体ないしロボットなどにダウンロードして乗り換えれば良いのです。

 これが実現すれば、肉体の衰弱に囚われることなく、意識の「引っ越し」を繰り返すことで、バーチャルのみならずリアルな世界ですら永遠に生きられるようになります。

 肉体が衰弱するからこそ必要であった医療や介護のような事業は縮小。これまでは人間の重要な権利であった「生存権」よりも、「この世からいなくなる権利」が掲げられるようになるかもしれません。

 また、意識がデジタル化できるならば、パソコン上で大事なファイルのバックアップを取っておくように、意識を複製してバックアップしておくことも可能でしょう。この「意識のコピー」を数多く作成し、外側の言わば「箱」にあたるロボットに1つずつ入れ込んでいけば、自分とは外見こそ違えど、自分自身の意識を完全に反映したクローンが簡単かつ大量に作成できます。

 正直、僕は永遠になど生きていたくはありませんし、そのように感じる方も多いでしょう。クローンについても、否定的な意見が大多数だと思います。ただ、「できない」と「やらない」の間には雲泥の差があります。望むか否かに関わらず、今後コンピュータと人間の境目が徐々に無くなっていくのは確かです。