ベーシックインカムの是非を問う
経済格差の拡大を背景に、ベーシックインカム導入の是非について議論が高まっています。ベーシックインカムは、全ての国民に対して最低限の生活を保障するだけのお金を定期的に直接支給するという政策。これだけ聞くと夢のような制度に思えますが、「どのように財源を確保するのか」「経済が成り立つのか」といった懸念も叫ばれています。
今回は、このベーシックインカムを推進することが新たな「ユートピア」を築く上で1つの解になると主張するルトガー・ブレグマンの著書『隷属なき道』(文藝春秋)をご紹介しましょう。
ブレグマンはオランダ出身の歴史家・ジャーナリストで、世界を舞台に活躍しています。僕は元々ベーシックインカムに興味を持っていたのですが、ブレグマンが1988年生まれとほぼ同世代であることにも惹かれ、本書を手に取りました。
隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働
- 作者: ルトガーブレグマン,野中香方子
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2017/05/25
- メディア: 単行本
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第1章 過去最大の繁栄の中、最大の不幸に苦しむのはなぜか?
第2章 福祉はいらない、直接お金を与えればいい
第3章 貧困は個人のIQを13ポイントも低下させる
第4章 ニクソンの大いなる撤退
第5章 GDPの大いなる詐術
第6章 ケインズが予測した週15時間労働の時代
第7章 優秀な人間が、銀行家ではなく研究者を選べば
第8章 AIとの競争には勝てない
第9章 国境を開くことで富は増大する
第10章 真実を見抜く一人の声が、集団の幻想を覚ます
終章 「負け犬の社会主義者」が忘れていること
路上生活者の多くが更生
ベーシックインカム反対派の最大の論拠は「財源をどこから捻出するのか」という点です。これに対してブレグマンは、現状の福祉政策を管理も含めて全て廃止し、そこにかかっているお金を回すことで、財源としては十分に賄えるとしています。
既にカナダなど各国で街単位の社会実験が行われており、その成功事例が挙げられているのですが、特に印象的だったのは、2009年にイギリス・ロンドンで行われた実験です。ここでは、路上生活者に無償でお金を与え、彼らがそれをどのように使うかが観察されました。
多くの人は「路上生活者=生活能力や仕事をする気の無い人」という固定観念に基づき、「お金を与えても酒やタバコ、ギャンブルなどに使ってしまって元の木阿弥となるだろう」と予想しました。
しかし、実際には被験者の多くが、もらったお金を元手として職業訓練所に通ったり、自身に必要な物を買ったりして、1年半後には7割が屋根のある家に住む、またはその手筈を整える段階にまで至ったのです。
そして、この路上生活者たちのために費やされていた警備、訴訟、福祉等々の費用は消え去り、最終的には彼らに与えたお金を遥かに超えるコストが削減されたのでした。
お金を与えると人は怠惰になるのか
これだけではない多くの実験結果を示した上で著者は、自分に必要なものを知っているのは自分自身であり、「福祉政策」として細分化された制度の窓口を設けて運営するお金が政府にあるのなら、それを個人に直接与えてしまった方が良いと結論付けます。また、「タダでお金を与えると人は怠惰になる」という常識には根拠がないとした点も、重要なポイントでしょう。
個人的には「もし最低限の生活費が保障されたとして、働かずとも生きていけるようになったら、どうしますか?」とアンケート調査をしてみたいものです。年齢や性別でも異なるでしょうが、僕の仮説では、多くの人はなんだかんだ仕事をすると考えています。今と同じ仕事は選ばないかもしれませんが、働くこと自体は止めないように思うのです。
「働く=お金のため」という概念を打破
現在は「仕事」「働く」とは「お金を得ること」との考えが一般的です。そこにベーシックインカムが導入され、仕事をする際に「お金のため」というモチベーションが取り払われたら、人はどう変わるのか、僕には興味があります。
この場合、「何のために働くのか」という問いは「何のために生きるのか」という部分に直接繋がってきますので、自分と向き合う上でも重要な論点となるでしょう。
マズローの欲求5段階説でも、最終的に人は承認欲求や自己実現欲求に到達しますので、「誰かから良く思われたい」「この仕事を通して〇〇を達成したい」といったモチベーションが人を働かすのではないでしょうか。
行き過ぎた資本主義に待ったをかける
さて、ベーシックインカムの部分だけ取り上げてしまいましたが、ブレグマンが本書で主張している施策は他にも多々あります。正直、論点が多岐に渡っていることと、私の理解が追い付いていないことから、上手く説明できない部分もあるのですが、彼の持論を箇条書きすると以下のようになります。
・ベーシックインカムの導入は多くの問題を解決する
・1日3時間労働で経済は十分に回る
・国境を開放すれば世界経済は飛躍する
・真に価値のある職業にこそ富と人材を配分すべき
世界人口70億人の中で「上位62人の資産の合計が、下位35億人の資産の合計よりも多い」という現実を突き付けられると、流石に資本主義が行き過ぎているのではないかと思ってしまいます。
たとえ僕らが生活していくために必要不可欠な仕事でも、資本主義の手にかかれば「儲からない」という理由から低賃金や人手不足を余儀なくされ、優秀な人材は皆こぞって「金が多く得られる」業界に就職するという現象は、世界的な潮流です。
資本主義が現在の豊かな社会を築いたことは紛れもない事実ですし、共産主義がもたらす悲惨な結果はソビエト連邦という壮大な社会実験が示した通りです。しかし、ブレグマンも述べるように、僕らは今こそ新たなユートピアを掲げねばならないでしょう。
常識に挑戦し、新世界を模索せよ
資本主義でも共産主義でもない、全く新しい社会のあり方を模索するのが本書の目的。その証拠として、本作の英語版タイトルは『Utopia for Realists』です(邦題はノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエク『隷属への道』をもじった『隷属なき道』)。
近年、AIに仕事が奪われるという議論が現実味を帯びてきました。しかし、それは裏を返せば、以前より少ない人数で同じ規模の経済を回すことが出来るということですよね。それならば、極論にはなりますが、労働時間を上手く分配して人間1人あたりが働く時間を減らしても支障が無いのではないでしょうか。
ベーシックインカムは「働かざる者、食うべからず」というこれまでの常識に挑戦しています。しかし、奴隷制度廃止、女性参政権確立など、従来「絶対にあり得ない」とされてきた事柄が見事に覆されてきた歴史が多々あるのもまた事実です。
また、30ページに渡り、論文には必須の出典が掲載されていることからも、本書が様々な研究データに基づいているのは明白で、決してブレグマンが一人で妄想を膨らませただけの思索ではないことが分かります。
ベーシックインカム、1日3時間労働、国境開放。彼が掲げる論点に対して、賛成・反対含めてご興味のある方は、是非本書を読んでみてください。いずれにせよ、僕らはいかなる世界を目指すべきか、もっと真剣に考えねばならないと思わせられる1冊です。