マイケル・ベイ監督が描いたリビア・ベンガジのアメリカ領事館襲撃事件

“世界で最も危険な都市”と呼ばれたベンガジ

 2010年から2012年にかけて、北アフリカと中東を中心に、相次いで大規模な反政府デモが起こりました。いわゆる「アラブの春」です。一部の国では、運動がそのまま革命へと発展し、当時の政権が打倒されました。

 そうした国の1つが、北アフリカのリビアです。エジプトの西に位置するこの国では、2011年夏、42年間続いてきたムアンマル・アル=カッザーフィー(1942~2011、通称カダフィ大佐)の政権が崩壊。60年ぶりに国政選挙が行われました。

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カダフィ大佐

 そのまま民主主義国家として生まれ変わることができれば良かったのですが、同国では武力に訴えて実権を握ろうとするイスラム系武装勢力が台頭。彼らは旧国軍の武器庫を襲って装備を増強すると、新政府と激しく対立しました。

 この結果、リビアの治安は悪化。特に、首都トリポリに次ぐ同国第2の都市ベンガジは「世界で最も危険な都市の1つ」と言われるまでになってしまいました。

たった6人で武装勢力からCIA施設を守る

 2012年9月11日、そうした状況下のベンガジで、イスラム系武装勢力がアメリカ領事館を襲撃する事件が発生しました。その際の出来事を描いた映画が『13時間 ベンガジの秘密の兵士』です。

 今回は本作について、細かい部分はネタバレはせずに、注目ポイントだけ紹介していきます。お時間の無い方は「まとめ」だけでもどうぞ!

13時間ベンガジの秘密の兵士 (字幕版)

 この襲撃事件では、2000人もの群衆がアメリカ領事館に押し寄せ、正門を突破。建物に放火して炎上させました。さらに武装勢力は、領事館の近くにあったCIAの秘密施設にも目を付け、そちらにも攻撃を仕掛けてきたのです。

 この緊急事態の中で、領事館にいる米国人の救出と、CIA施設の防衛を担ったのが、軍事任務を請け負う民間企業のチームでした。彼らは、アメリカ海軍の特殊部隊「ネイビーシールズ」やアメリカ陸軍の精鋭部隊「レンジャー」の出身者で構成されていましたが、人数はたったの6人。その寡兵で、次々に押し寄せる暴徒を撃退せねばならなくなりました。

最大の見どころはリアルな戦闘シーン

『13時間 ベンガジの秘密の兵士』の最大の見どころは、彼ら6人とイスラム系武装勢力とのリアルな戦闘シーンです。

 戦いが始まったのは深夜。主人公たちは米国製の武器はもちろん、スコープ、暗視装置、防弾チョッキなどを装備しており、施設の屋上から撃ち下ろす形ですので、有利な状況ではあります。しかし、相手は何十人と束になって様々な方向から攻めてくるため、流石に6人での迎撃は困難を極めました。

 映画の中では、夜半から明け方にかけて、疲弊しながらも敵を倒し続ける彼らの姿が克明に描かれています。

“戦う男たち”を描くマイケル・ベイ監督

 本作で監督を務めたマイケル・ベイ(1965~)『アルマゲドン』『トランスフォーマー』シリーズを手掛けており、迫力あるアクションシーンで高い評価を受けています。彼は“戦う男たち”をカッコ良く描くのを得意としているようです。

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マイケル・ベイ監督

 娯楽映画では、観客にインパクトを与えるため、現実離れした描写やストーリー展開が付き物です。ただ、本作は実話を元にしていることもあってか、とてもリアルに感じました。

 もちろん、映画として“魅せる”必要がありますので、重要な事実を曲げない程度の脚色や演出は取り入れられています。例えば、暴徒たちが襲ってくる前の場面では街の喧騒を消し、静けさによって緊迫感や恐怖を煽る工夫が施されているといった具合です。

 ただ、あくまで物語の土台は、現実に起こった出来事。それをしっかりと描くだけで、十分に映画として成り立つほど、衝撃的な事件だったのです。

日給3000円で命を懸けられるか

『13時間 ベンガジの秘密の兵士』は、2012年当時のリビアの状況がよく分かる前半部分も秀逸です。

 本作は、主人公のうちの1人がベンガジのベニナ空港に到着するところから始まるのですが、その段階で、この街の様子は一目瞭然。空港には飛行機の残骸が放置されており、建物には多くの弾痕が残っています。また、道端では無邪気な子どもたちが壊れた戦車によじ登って遊んでいるなど、革命の傷跡が生々しく描かれます

 また、序盤のエピソードを通して、ベンガジにおけるアメリカ人の立ち位置が理解できます。彼らは言わば「招かれざる客」。一歩でも街に出れば、テロの対象として狙われるのを覚悟しなければなりません。

 そんな中、アメリカ軍は領事館とCIAの秘密施設を残して撤退。特に領事館の警備は手薄で、門番は日給3000円で雇った地元民という状態でした。

 リビアの物価は日本の3~4分の1。一概には比較できませんが、同国の一般的な社会人の月給を10万円と仮定すると、日給3000円(=月給10万円未満)程度では命など懸けられないでしょう。実際、過激派が攻め寄せると、全員逃亡してしまいました。

“戦闘のプロ”である主人公たちは、領事館を視察した際、「万が一、武装集団が攻めてきたら、ひとたまりもない」と意見しましたが、領事館付きの護衛は「予算が無いから仕方ない」「シェルターがあるので大丈夫だ」と回答。結果、懸念が現実のものとなり、領事館はわずか20分で“陥落”することとなりました。

人命よりも国の“建前”が優先される

 戦闘に突入した後、難しい舵取りを迫られたアメリカ政府による対応も、注目すべきポイントです。人命が懸かっている状況にあってなお、国際政治の力学や官僚主義に阻まれ、決断が遅くなるのは、どの国でも同じなのかもしれません。

 暴徒が領事館への襲撃を開始したのは、2012年9月11日21:42。このとき、現場に最も近い位置にあったアメリカ側の“軍事力”は、CIAの秘密施設を守っていた主人公たちでした。しかし建前上、アメリカはリビアに軍事力を保持していないことになっているため、主人公たちには待機命令が下ります。

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 事態を収拾するためには、現地の協力要員を動かすか、アフリカの別地域や、ドイツ、イタリアなどに駐屯しているアメリカ軍を派遣するしかありません。空軍の戦闘機ならば20分で来られる距離でしたが、派兵を決めかねているうちに、領事館は炎上。主人公たちは同胞の命を守るため、CIA施設のトップによる制止を振り切って、解雇覚悟で出撃せざるを得ませんでした。

戦争当事者の双方に家族がいる

 この映画では、主人公たちの家族愛や友情、そしてそれゆえの苦悩も描かれています。彼らにも愛する家族がおり、生きて故郷に帰りたいと願っている。それは、戦闘が始まる前、各人が通常任務の合間に家族とテレビ通話をするシーンからも明らかです。

 戦いの最中、登場人物の1人が「戦闘が中断している時間が最も良くない」という趣旨の発言をします。それは、必死で戦っているときには忘れていた家族のことを思い出し、心が揺れて、決断や行動が鈍るからでしょう。メインテーマではありませんが、本作では、命懸けの戦いに臨む主人公たちの心の機微にも触れられています。

 また、戦闘終了後、主人公たちによって倒されたイスラム系武装勢力の面々の遺体に寄り添う、兄弟や母親と思われる人々が映し出されていたのも印象的でした。戦争が当事者の双方にとって悲惨であることを無言で知らしめるような場面です。

キリスト教過激派が制作した映画が発端

 そもそもこの事件のきっかけは、アメリカにおいて制作された『イノセンス・オブ・ムスリム』という映画でした。本作の中には、イスラム教の創始者ムハンマド(570頃~632)を侮辱する内容が含まれており、多くのイスラム教徒を激怒させたのです。

 もっとも、この映画はナクーラ・バスリー・ナクーラという人物が偽名を使い、「2000年前のアラビア砂漠を舞台にした『砂漠の戦士(Desert Warrior)』という歴史冒険映画を作る」と俳優陣をはじめとする関係者を騙して制作したものでした。制作された映画が倫理規定に違反していないかを監督するアメリカ映画協会をも欺いていたのですから、手が込んでいます。

 具体的には、撮影終了後に、「ジョージ」という人物への呼びかけが「ムハンマド」と吹き替えられていたり、倫理的に問題のなかった台詞が、全く別の声でイスラム教を冒涜する内容に改ざんされていたりしたそうです。

 アメリカで一度だけ公開されたものの、その際の観客は10人未満で、観た人もあまりの低俗さに途中退席したといいます。ただ、これがYouTubeにて公開され、アラビア語に翻訳されて広まったことで、イスラム教徒の怒りに火がつきました。

 キリスト教徒もイスラム教徒も、ほとんどの人々は平和的に暮らしています。本作で描かれた悲劇は、一部の過激派による常軌を逸した行動によってもたらされたのです。

『13時間 ベンガジの秘密の兵士』まとめ                        

・監督
マイケル・ベイ

・主な出演者
ジェームズ・バッジ・デール
ジョン・クラシンスキー
パブロ・シュレイバー
デヴィッド・デンマン
マックス・マーティーニ

・公開年
2016年

・見どころ
リアリティ溢れる戦闘シーン
2012年当時のリビアの状況がよく分かる序盤の構成
戦闘に突入した後、難しい舵取りを迫られたアメリカ政府による対応
主人公たちの家族愛や友情、そして苦悩