地道な捜査でビン・ラディンの潜伏先を特定!CIAの実像に迫る150分

ウサマ・ビン・ラディン殺害作戦を描く

 2011年5月2日、アメリカの対テロ戦争は、1つの転機を迎えました。国際テロ組織アルカイダの指導者として、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件を首謀したとされるウサマ・ビン・ラディン(1957~2011)の潜伏先をアメリカ軍が急襲し、その殺害に成功したのです。

 この通称「ネプチューン・スピア(海神の槍)作戦」は、当時のオバマ大統領、バイデン副大統領、クリントン国務長官らがホワイトハウスにて見守る中で遂行され、その直後にオバマ大統領はビン・ラディン殺害を正式に発表しました。

 今回は、同時多発テロからこの作戦に至るまでを、当事者の証言に基づいて描いた映画『ゼロ・ダーク・サーティ』を紹介しましょう。ちなみにタイトルは軍事用語で「午前0:30」を指し、この作戦の開始時刻を表しています。

ゼロ・ダーク・サーティ (字幕版)

 この先、多少のネタバレを含みますが、大まかな概要のみですので、ご安心ください。緊迫感や臨場感は映画を観なければ絶対に味わえませんので、是非とも実際に観ていただきたいと思います。お時間のない方は「まとめ」だけでもどうぞ! 

派手な作戦の裏にCIAの地道な捜査あり

 本作の主人公は、CIA(中央情報局)で分析官を務めるマヤ。CIAと聞くと、スパイがアクロバティックな動きで活躍するアクション映画をイメージする方も多いと思いますが、この映画では彼女が銃を手にテロリストと戦うことはありません。アメリカ軍によるビン・ラディンへの強襲作戦が描かれるのも、最後の30分ほど。2時間半ほどある映画の約8割は、作戦に至るまでの捜査過程を辿るのに費やされます。

 この作品の一番の醍醐味は、“派手な”作戦へと結実する、10年単位で積み重ねられた地道な捜査を、現実味をもって描いている点でしょう。これにより僕たちは、CIAのリアルな姿を垣間見ることができます。

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 マヤはまず、ビン・ラディンに繋がる人間を細かく調べ上げることから始めます。捕虜となったテロリストへの尋問に立ち会ったり、尋問の様子を記録した映像資料を見漁ったりしたほか、農民への聞き込みから得た情報も確認。そこで有力と思われる内容に接しても、信憑性を確かめるため、20人もの別の捕虜に対して同じ質問を行う徹底ぶりです。

 こうして糸を手繰り寄せるように、とある人物の情報を掴んでいったマヤ。しかし、居場所など決定的なことは何も分かりません。それは裏を返せば、追っている人物の重要度が高く、周到に隠されている証拠でもあるのですが、いかんせん何も掴めないまま時間が過ぎていきました。

 その間にも、アルカイダによるテロは毎年のように発生。CIAでも、情報が不確かなビン・ラディン捜索より、近い将来起きる可能性の高いテロ事件を防ぐことに、優先して力を注ぐべきとの声が大きくなりました。マヤはあくまで、「ビン・ラディンの捕殺こそ、テロ組織に打撃を与え、国防に繋がる」と主張しますが、形勢は不利と言わざるを得ませんでした。

空撮、盗聴、DNA採取…どれも失敗

 そんな中、新たな情報が手に入り、重要人物の電話番号を入手することに成功したマヤたち。その男は、電話をかけた場所が毎回違うほか、相手に対して嘘の場所を伝えており、居所を隠そうとしているのは明らかでした。無論、ビン・ラディンの部下ともあろう者が、電話で存在を気取られるようなヘマはしません。

 マヤたちが幸運であったのは、その捜査対象の男が偶然、新たに携帯電話を購入したことでした。CIAはその電話に細工をして発信位置を探索し、電波を感知した場所の情報を積み上げることで、ついに居住地を探り当てたのです。

 その家は、パキスタンの首都イスラマバードから約60km北東に位置する地方都市アボッターバードの豪邸でした。敷地の周辺には、3~5.5メートルの高さの塀が有刺鉄線とともに張り巡らされており、二重ゲートも完備。入口には見張りが立っていて、外から内部を伺うことはできません。

 CIAは、人工衛星での空撮はもちろん、ワクチン接種を装ったり、トンネルを掘ったり、熱気球を上げたり、様々な作戦を考案・実行しましたが、どれも上手くいきませんでした。ゴミは燃やされてしまい、下水に含まれる体液の濃度は低すぎるため、DNAも採取不能。建物内では電話をかけないので、探知や音声照合もできません。

潜伏確率60%でも作戦を決行した理由

 これだけの捜査をされても身元を特定されないよう厳重に守られているわけですから、住んでいるのは法を犯している者である可能性が高いと判断できましたが、その人物がビン・ラディンだと断定できる根拠はありませんでした。麻薬の密売人や武器商人の可能性も否定できなかったのです。

 CIAは状況証拠を積み重ね、ビン・ラディン以外の可能性を消していきましたが、目撃情報がない以上、あくまで「推論」の域を出ません。マヤは直観的に、建物の中に潜んでいるのはビン・ラディンだと確信していたものの、CIA捜査官の多くは「ビン・ラディンが潜伏している可能性は60%」と予測しました。

 ただ、当時のオバマ政権は、「ビン・ラディンではなかったときのリスク」よりも「ビン・ラディンをみすみす取り逃すリスク」の方が大きいと判断しました。作戦にはステルス性能の高いブラックホークヘリコプターを使用することが決定されます。仮に住人がビン・ラディンではなかった場合、何事もなかったかのように撤退する極秘計画となりました。これが、最大限の「リスクヘッジ」だったわけですね。

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生前のウサマ・ビン・ラディン

 そして運命の2011年5月2日、アメリカ軍はネプチューン・スピア作戦を、パキスタン政府に事前通告することなく遂行。目的を達します。良くも悪くも、他国の領内でこのように大胆な作戦を決行できるアメリカの実行力には驚くばかりです。

 余談ですが、主人公マヤのモデルは明かされていません。男性とする説もあれば、複数のCIA捜査官を組み合わせて描いたとする説もあります。特定されてしまうと、命を狙われる危険が大きいため、本件は2061年まで国家機密にされているとのことでした。40年後に真相が明かされた際には、ここに追記することにします笑

『ゼロ・ダーク・サーティ』まとめ                      

・監督
キャスリン・ビグロー

・主な出演者
ジェシカ・チャステイン
ジェイソン・クラーク
カイル・チャンドラー

・公開年
2012年

・受賞
第70回ゴールデングローブ賞(主演女優賞)

・見どころ
現実味をもって描かれるCIAの緻密な捜査
水面下で行われるテロ組織との情報戦
ウサマ・ビン・ラディン殺害に至る隠密作戦