直木賞作家・西加奈子も絶賛!ケリー・リンクの短篇9選

SF×ファンタジー×ホラー

 2015年に『サラバ!』で第152回直木賞を受賞し、今や人気作家として活躍する西加奈子さん。とあるブックフェアで登壇した彼女が熱く語っていたのが、アメリカの作家ケリー・リンク(1969~)の書いた『マジック・フォー・ビギナーズ』(ハヤカワepi文庫)です。

 本作はSF、ファンタジー、ホラーを掛け合わせたような短篇9話から成る小説集。収録されている作品たちはそれぞれ様々な賞を取っています。

マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫)

マジック・フォー・ビギナーズ (ハヤカワepi文庫)

『マジック・フォー・ビギナーズ』の収録作品

妖精のハンドバッグ(2004)
ザ・ホルトラク(2003)
大砲(2003)
石の動物(2004)
猫の皮(2003)
いくつかのゾンビ不測事態対応策(2005)
大いなる離婚(2005)
マジック・フォー・ビギナーズ(2005)
しばしの沈黙(2002)

世界観に浸れば難しくない

 本作にはホラーの要素も含まれると書きましたが、決して怖くて眠れなくなるタイプの物語ではありません。『ザ・ホルトラク』ではゾンビが出てきたり、『大いなる離婚』では主人公が既に亡くなった女性と結婚していたりしますが、別に彼らが襲ってくるわけでもないですし、むしろ普通の人間と同じくフレンドリーな感じで登場します。

 むしろ、ゾンビや魔法使いなどが側にいることを誰も不思議だと思わない点が、彼女の作品の興味深いところです。なので、物語を受け入れる体勢さえできれば、案外スッと世界観に浸れると思います。

『猫の皮』には魔法使いが出てきますが、冒頭から童話のような雰囲気ですし、『妖精のハンドバッグ』も「世界をしまっておけるハンドバッグ」という存在さえ受け入れてしまえば、話自体は難しくありません。

気が付くと異世界をさまよっている

 むしろ、一番怖かったのは『石の動物』。これは物語の始まりがあまりに日常的なのです。普通のサラリーマンとその奥さん、そして子どもたちが家を買うシーンから始まるのですが、だんだん何かがズレていきます。終いには子どもが草を食べ始めたり、何となく呪われているという強迫観念が芽生えて買ったばかりの石鹸を捨ててしまったりします。

 分かり易いと思って入ってみたら、凄まじく難解な迷路に閉じ込められてもう出られない。現実と異世界の境界線があまりに自然なので、ちょっと油断すると向こう側に落ちてしまうのです。気付いた時にはもう遅い。すでに現実から遠く離れた所まで来ていて帰れない。そんな感じです。

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不可思議も理不尽も受け入れる

 ケリー・リンクの小説も、文章でしかできないことをしているという印象ですね。ストーリー展開で引っ張る作品ではないので、起こった出来事や状況がいかに不可思議、理不尽でも、ただ受け入れるしかありません。

 僕自身はフランツ・カフカ(1883~1924)の『変身』『城』やレーモン・ルーセル(1877~1933)の『ロクス・ソルス』といった作品に触れていたので、そうした理不尽な展開に対する慣れがあったとは思います。

『ロクス・ソルス』は不思議に満ち溢れながらも何だかんだ論理的・科学的な説明がされているのに対し、説明も無くただ現状を受け入れるしかない点で、本作はカフカの方に近いかもしれません。

物語の枠を踏み越える

 ただ、この作品の面白さは、そうした分類が一概にできない点です。何か著作を読む際には、頭のどこかでこれまでに読んだ書籍や観た映画の内容と照らし合わせて把握しようと試みるものですが、本作ではそれが難しかった。

 科学の範囲を超えていて、論理も破綻している作品ながら、面白いと思わせてしまうのがケリー・リンクの力量なのでしょう。ただ破綻があるのではなく、それなりに物語の枠があると読者に思わせておいて、それを踏み越えてくる点が、この小説の面白さです。