同じ「5店舗の出店」でも…
経営誌の記者として日々言葉を扱っていると、改めて日本語の面白さに気付かされることが多々あります。今回は、ほんの少し書き方を変えるだけで、同じ事実でも全く異なる印象を読者に与えることができる事例をご紹介しましょう。
例えば、ある企業が「来月5店舗をオープンする予定」と発表し、それを記事にする場合を考えてみます。
この事実だけをニュースとして書くならば、
「A社は11日、来月新たに5店舗を出店すると発表した」
のような淡々とした雰囲気になるでしょう。
ただ、A社のことをよく知らない人は、これだけ見てもあまり実感が湧きませんし、その企業の規模感を垣間見ることもできませんよね。
文章外から状況を暗に伝える
では、別の書き方をしてみるとどうでしょう。
「A社は来月、新たに5店舗を出店する見込みだ」
という文章を、
「A社は来月、新たに5店舗も出店する見込みだ」
と変えてみます。
このように「を」を「も」に変えるだけで、A社にとって1カ月で5店舗展開するのが相当攻めた経営判断であることを推し測れます。おそらくA社は、これまで多くとも月に2~3店舗を出店するに止まり、通常は1店舗も出さない月があるくらいの堅実経営を続けてきたのでしょう。
反対に、
「A社は来月、新たに5店舗しか出店しない見込みだ」
と書くと、A社がこれまで成長企業として業容を拡大してきたという事実を暗に伝えつつ、その勢いが鈍化している印象を与えられます。また、A社がこれまで月間でかなりの数の出店を行ってきたことも推測できますから、企業としての規模感を多少なりともイメージしやすくなります。
1文字の重さを侮ってはいけない
紹介した3つの文章が伝える基本的事実は全て「A社が来月5店舗を出す」というもので違いありません。ただ、その細部を少々いじるだけで、これほど別の印象を帯びさせることができる。このように、私たちは言葉の端々から多くの情報を得ているわけですね。
実際のニュースは重要な事柄から順番に書いていくのが鉄則なので、事実を伝える文章の後に、前回決算時と比較しての増減など、付加情報が書かれるのが常です。そしてその時点で、記事の企業がどのような状況なのか詳細を理解できます。
また、新聞は見出しの文字の大きさ、紙面の中で割り振られるページ数、記事が占める広さと場所などで、会社としてニュースの大小をどのように判断しているかを読者に伝えています。
しかし、人間の視覚に訴えたり、「向上」や「減少」といった絶対的な意味合いの単語に頼ったりせずとも、「も」や「しか」といった1、2文字の言葉を変えるだけで、自然と状況の機微を伝えることができるのです。
短い文面で最大の効果
新聞や雑誌のような紙媒体では、枠内に収められる文字数に限りがあるので、最小限の言葉で様々な内容を伝えなければなりません。そのような場合、上記のような言葉の力を使って出来るだけ多くの情報を読者に伝えることが不可欠です。
編集者に限らず、どんな方でも日常的にメールなどで文章は書くはず。そんな時、長々と状況を書かずとも、短い文面で伝えるべきことを伝えられれば、コミュニケーションとして成功していると言えます。
今回紹介したケースは、とても些細で当然のことのように思えますが、言葉が使い方によって多くの可能性を秘めている一例です。こうした言葉の用法は、無意識に使っている方も少なくありませんが、ここぞという時に意図して活用することで、より効果を発揮するでしょう。