「昭和の妖怪」岸信介が語る20世紀の日本史

日本近現代史のリアルが分かる

「昭和の妖怪」との異名を取った人物をご存知でしょうか。

 岸信介(1896~1987)。1957~60年にかけて日本の総理大臣を務めた男です。現在首相を務める安倍晋三の祖父にあたり、日韓基本条約批准、非核三原則提唱、沖縄返還などの平和外交が評価されてノーベル平和賞を受賞した同じく総理大臣、佐藤栄作の兄でもあります。

 彼については以前より興味を持っていたのですが、書店で『岸信介の回想』(文芸春秋)という書籍を偶然見かけたため、購入して読んでみました。

 これが本当に止まらなくなるレベルの面白さでしたので、特に日本の近現代史に興味のある方にはオススメです!戦前・戦後の日本史のリアルが分かりますよ!

岸信介の回想 (文春学藝ライブラリー)

岸信介の回想 (文春学藝ライブラリー)

 岸信介の人生がいかに波乱万丈だったかと言うと、下記のような具合です。

①大正時代より革新官僚として活躍
②有能さを買われて満州国の経営に携わる(当時の上司は東條英機)
③岸を見込んだ東條英機の希望で帰国、東條内閣の商工大臣に
④太平洋戦争が勃発すると、戦争遂行のために軍需行政の一切を統括
⑤サイパン陥落に際して戦争継続の不可能を主張、東條と対立
⑥結局、東條内閣は内閣不一致となり、総辞職へ
⑦敗戦、A級戦犯として巣鴨の拘置所に3年間収監される
⑧停戦を主張して東條と対立関係にあったことが影響し、無罪放免
⑨吉田茂率いる自由党に対抗、鳩山一郎を推して日本民主党を結党、幹事長に就任
⑩保守合同により自由党と日本民主党が合流、自由民主党結党(55年体制の構築)
⑪病気で退陣した石橋湛山総理の跡を継ぐ形で内閣総理大臣に就任
⑫米国をはじめ、多くの国を歴訪して独自の外交を行う
⑬60年安保闘争が起こる中、改定版の日米安全保障条約を強行採決
⑭デモ隊の国会突入と、それにより犠牲者が出たことの責任を取って内閣総辞職
⑮辞職後も様々な要職を歴任し、国際親善などに尽くす

歴史を彩る人物の名がズラリ

 岸信介への取材が行われたのは1981年で、もはや利害関係が無くなった話について語っているので、変に自分を美化したり、嘘をついたりしていることは無いでしょう。問答形式で、ざっくばらんに当時の様子を回想している雰囲気でした。

 その内容は、上記のような人生だけにエピソードの宝庫!日本人としては東條英機、松岡洋右、芦田均、吉田茂、重光葵、鳩山一郎、石橋湛山、正力松太郎、河野一郎、浅沼稲次郎、池田勇人、佐藤栄作、田中角栄、福田赳夫、三木武夫、中曽根康弘、昭和天皇などなど挙げればキリがありません。

 上記は分かりやすい事例として首相経験者を中心に名前を書き連ねましたが、登場した歴史的著名人の名は軽く100人を超えていると思います。

 また、首相自ら先頭に立って外交を行ったのも岸内閣の特徴です。その交友関係は広く、アイゼンハワー、ニクソン、チャーチル、蒋介石、ネルー、アデナウアーと、こちらも20世紀を代表する海外の政治家ばかり。彼らと対等に渡り合い、時には条約締結などの交渉において譲歩を引き出したりしているのだから、その胆力は凄まじかったに違いありません。f:id:eichan99418:20190415024515j:plain

戦前と戦後の間に断絶は無い

 この回想録を読んでいて改めて思うのは、なにも1945年の敗戦で戦前の政治家が消失したわけではないということ。もちろん軍国主義は放棄しましたが、岸信介を含め、戦前に官僚や政治家として活躍していた人間が、戦後日本の復興を成し遂げ、現在への地盤を築いていったのです。要所々々で出てくる逸話を読むと、昔は腹の座った気骨ある政治家が多くいたものだと嘆息してしまいます。

 岸信介は、60年安保を強行採決したことについて、1977年時点のインタビューで次のような趣旨のコメントを残しています。

「戦後、日本国民は国防や安全保障に対して無関心になった。これは世界に類を見ない現象だ。安保改定に取り組むことで各方面の議論を沸騰させ、国防問題への国民の関心を高めたかった。自国の独立を守るため、防衛と安全保障が重大な問題であることを国民に理解してもらいたかった」

 何たる大局観!そして、上記は今に通ずる内容だと思いませんか?国防・安全保障だけではありません。原発もしかり、少子高齢化もしかり。国民である以上、この国の方向性について関心を持つことが重要でしょう。

NHK大河ドラマの主役になりうる人物

 代案無くして批判無し。もし、現政権が行っている施策が間違っていると思うならば、その代案を出さなければなりません。

 そのためには、

①現行の施策が解決しようとしている問題の本質を掴む
②現行の施策の利点・欠点を正確に分析する
③現行の施策より利点が大きくなる形で新たな施策を提案する

 というプロセスが必要です。そして、これを達成するためには常日頃より学び続けねばならないでしょう。

 岸信介は、その全てを実際に行ってきた男です。戦前は革新派の官僚として、戦後は脱アメリカ占領支配の政治家として。現在は孫の安倍晋三さんが首相を務めている最中ですし、他にも色々と政治的な理由で難しいでしょうが、彼は将来的にはNHK大河ドラマの主人公になってしかるべき人物だと思います。