イタリアを代表する作家パヴェーゼの「詩的」短篇10選

反ファシズム作家の遺稿から作品を厳選

 文学に触れる際、長篇と短篇で好みが分かれます。もちろん、それぞれの良さがありますが、短篇はその短さから、内容の凝縮率が高く、何度も繰り返して読みやすいのが特長です。僕なんかは本を読むのが遅いので、少し得をした気分になります。

 さて今回は、そんな短篇好きの方に、イタリアの代表的作家チェーザレ・パヴェーゼ(1908~1950)の『祭の夜』(岩波文庫)をご紹介しましょう。

 反ファシズムの作家として知られ、1950年にはイタリア文学最高の賞とされるストレーガ賞を受賞したパヴェーゼ。本書は、彼が書き残した膨大な遺稿の中から、「祭の夜」を含め選び抜かれた10の短篇をまとめたものです。 

祭の夜 (岩波文庫)

祭の夜 (岩波文庫)

平易で直接的な言葉選びが特徴

 作品全体を通して、サラッと読めました。特に固い言葉や難しい表現が使われているわけでもなく、一見すると比較的読みやすいと感じる方が多いでしょう。

 それもそのはず。パヴェーゼはファシズムに対抗する立場から、一般の人々の声を代弁すべく「日常で使われるような平易で直接的な言葉選び」を特徴とする作家の1人なのです。ちなみに、こうしたイタリアの文学や映画における潮流は「ネオレアリズモ」と呼ばれています。

文章全体の雰囲気が大事

 ただ、サラサラと読めるだけではないのがこの作品。読み進めると、時折独特な言い回しや比喩、文脈と乖離した表現などが顔を出します。世界観にはすぐ入り込めるのですが、実はものすごく深くまでトンネルが続いているといった印象です。

「そこから何を主張しているのか」といった深読みだけではなく、文章自体から滲み出る雰囲気・感触を丁寧に受け止めなければなりません。想像以上にしっかり踏み込んで読むことが要求されます。

 パヴェーゼの作品が「詩的」と言われるのも、そのあたりが理由でしょう。詩的というのは、情緒溢れる叙情的な美しさを持っているという意味だと思いますが、言葉一つひとつの力に頼るのではなく、それら全体の織り成す場面としての美しさを追求している点が、そのような評価に繋がっているようです。

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行動の描写で読者に悟らせる

 パヴェーゼの作品には、セリフの流れから読者に人間の心情を読み取らせようという意図が感じられます。「この後、男女が良い仲になる」「脱獄した犯人が、最終的には獄に戻って来た」といった事象を、わざわざ地の文では描かず、ほのめかすのみに止めるのです。

 短篇の多くで、友人や恋人といった近しい人物同士の感情の齟齬が描かれていますが、「齟齬がある」とはっきり書くわけではなく、会話の中で少しずつズレを生じさせることで、二人の間の軋轢が表現されています。

 人間の心理を直接は描かず、淡々と行動を描写することで、そこから状況を読者に悟らせるのがパヴェーゼ流と見受けました。特に短篇となると、そうした手法は妥当なように思います。『祭の夜』に収録された短篇は、長くても60ページ、短いと30ページといったところ。この短さでは、人間という存在が内包する複雑な心理を描くには到底分量が足りませんからね。

短篇は人生の重さに耐えられない

 たとえ20歳の若い人間を描くにしても、20年という歳月は途方もなく重い。人の為す一つひとつの行動は、人生という大きな氷山の一角です。それは、「人生という長い歳月の一部」という時間的な意味だけではありません。行動とは、その人の奥底にある精神性が表面へと浮き上がって来た一つの形なのです。

 したがって、その人の言動に心理面から迫りたければ、それが行われた理由と、その背景にのしかかる膨大な過去を掘り起こして紐解かなければなりません。本気で人間の心理描写を行うには、相応の手間がかかるのです。そしてこれは、とても短篇で出来る芸当ではないでしょう。

文学を翻訳する難しさ

 パヴェーゼが意図的に行っているであろう表現として、同じ単語が何度も使われるという手法があります。例えば「追憶」という言葉は、全編を通して頻繁に登場しました。

 雑誌の記事執筆において、僕はよく後輩に、同じ表現や熟語を連発しないように指導します。同じ表現の連発は、語彙力の欠如を自ら露呈しているようなものですし、実際に読み進める上でも単調で飽きてしまいます。裏を返せば、イタリア随一の作家が同じ表現を繰り返し使っている以上、そこに何らかの意図があることは明白です。

 フランツ・カフカ(1883~1924)もある作中で「歩く」という表現を多用していましたが、それがフランス語訳された際、「歩を進める」「赴く」という具合に別の言葉に言い換えられてしまい、問題となったことがあるとか。

 また、ヴァージニア・ウルフ(1882~1941)も「see」を多用していますが、全て「見る」で統一せねばならないのか、状況に応じて表現を変えても差し支えないのか不明なので、翻訳者泣かせと聞きました。

 翻訳は言葉のニュアンスや文化的背景の違いを理解していなければ難しいので、内容さえ分かれば良いビジネス書ならばいざしらず、言葉一つひとつに重みがある文学となると特に難易度が高いと言えます。

イタリアの名族とも関係

 余談にはなりますが、パヴェーゼの人間関係にも興味深いものがありました。彼が創業者の1人と言っても過言ではないエイナウディ社は、現在もイタリアの老舗出版社という位置付けで健在。イタリアで4度に渡って首相を経験したシルヴィオ・ベルルスコーニ(1936~)の一族が率いる大手出版社モンダドーリの傘下にあります。

 パヴェーゼはエイナウディ社3番目の社員だったということですが、社員番号2番で個人的にもパヴェーゼと親交の深かったレオーネ・ギンズブルグ(1909~1944)は、社会史の名著『チーズとうじ虫』を執筆したカルロ・ギンズブルグ(1939~)の父に当たります。

 パヴェーゼは1935年、知識人の一斉検挙に巻き込まれて流刑となりながら、その間で詩作に耽っていたほど。一方レオーネはファシズムへの抵抗運動を積極的に行っていたため、1943年ドイツ軍に捕えられると、そのまま拷問の末に亡くなります。この事件がパヴェーゼや息子のカルロに与えた影響は少なくなかったでしょう。

 さて、社員番号1番で、出版社そのものに名が冠されている創業者ジューリオ・エイナウディ(1912~1999)も忘れてはなりません。彼の父、ルイージ・エイナウディ(1874~1961)は、戦後1948~55年にかけてイタリアの第2代大統領を務めた人物です。

 そしてジューリオの息子ルドヴィコ・エイナウディ(1955~)は、ヨーロッパで絶大な人気を誇るピアニスト・作曲家というから面白い。ルドヴィコは日本でもメジャーデビューを果たし、2011年にはCDを発売。東京や名古屋で公演した経験もあるようです。

 他の作家も、周辺の人間関係を調べてみると、意外な人物が浮上して来るかもしれませんね。読書の都度、著者の交友についても意識するようにしてはいかがでしょうか。