ノーベル賞作家パトリック・モディアノが織り成す記憶の芸術

フランスが誇るノーベル賞作家

 2014年にノーベル文学賞を受賞したパトリック・モディアノ(1945~)。彼はフランスを代表する現代の作家で、1972年にはフランスで最も権威があるとされるアカデミー・フランセーズ賞、1978年には同じくゴンクール賞を受賞しています。

 栄誉ある賞を受賞した時点でまだ20代後半~30代前半であったことを知って驚いていたら、この方はソルボンヌ大学を中退後、23歳の時点で既に複数の文学賞を取っていました。若くして才能を開花させたタイプの作家です。

 今回は、そんなモディアノの代表作『パリ環状通り』をご紹介しましょう。

パリ環状通り 新装版

パリ環状通り 新装版

時を超えて父と邂逅

『パリ環状通り』の舞台は第2次世界大戦中、ドイツ占領下のフランス・パリ。主人公が1枚の古い写真を見ながら、その中に映る父親と仲間たちについて回想とも説明ともつかぬ感じで物語は始まります。

「何が始まるのだろう?」と読み進めていくと、いつの間にか主人公も父親たちの輪の中に入っている。不思議な感覚を覚えました。

 一体、主人公は過去へタイムスリップしてしまったのか?それとも、これは夢なのか?しかし、夢にしては感触などの描写がリアルです。この答えは、僕ら読者には断定できません。

 それどころか、「父」として紹介されている男が本当に父親なのかどうかすら分からない。主人公は17歳で父親に会い、約10年後に再び相見えることになるのですが、父親は彼のことを息子とは全く気付きません。もしかしたら最初から完全に主人公の創作かもしれませんし、17歳時点までは事実で、そこで生き別れた後は自分でイメージを作って描いている可能性もあります。

 ただ、そこは論点では無いのです。曖昧にしておいた方が自由に創作できるという利点もありますし、何より、モディアノが描きたかったのはもっと別の事柄でした。

ドイツ占領下のパリを描く

 では、モディアノが描きたかったものとは何か。それは大きく分けて下記の2点です。

 まず、本作は占領下のパリを描き出している点に意義があるとされています。モディアノは好んでドイツ占領下のパリ、すなわち不安と混沌の時代を描きました。ノーベル文学賞受賞の理由にも「記憶の芸術で、最も掴みがたい人間の運命を想起させ、占領時の生活世界を明らかにした」とあります。

 過去にいるのか現在から回想しているのか分からず、不思議な感覚を抱きましたが、「記憶の芸術」という呼び名はまさに相応しいように思います。そして、占領下のパリを描きつつも、「ナチスドイツが攻めてきて云々」といったありきたりな政治的側面は必要最低限に止められている印象を受けました。

 描かれているのは、あくまで退廃的な風俗であり、裏切りや嫉妬に満ちた人間模様です。パリに限らず、一般的な「占領時の生活世界」についての洞察が見られた点が、ノーベル賞授与に際して評価されたということでしょう。f:id:eichan99418:20190404233932j:plain

自由を得て孤独になった人々

 この作品が描き出したもう1つの大きなポイントは、「父なき世代」の葛藤です。ここで言う「父」とは血縁的な意味ではなく、盲目的に従ってさえいれば安心できた「従来の権威や規範」の比喩と言えます。

 つまり、進むべき方向性を指し示す存在が無くなり、自由な選択権を得ながらも自分自身で生きる道を探し求めなければならないという孤独を味わうこととなった世代を、モディアノは描いているのです。

 主人公はとことん父親に執着します。最初は父親に対する呼び名が3人称「父」ですが、途中から2人称「あなた」に変わってしまうほど。しかし、強い父を求めながらも、現実に登場する父は亡命者であり、それが権威衰退の象徴のようになっています。

 それどころか、彼はビジネスも上手く行かず、株で大失敗し、小悪党の子分に成り下がっている言わばダメ親父。それでも主人公は、彼を何とかして助け、自分の元へ取り戻そうとするのです。

父なき平成世代

 これは50年近く前の作品ですが、今なお色褪せずに見えるのは、平成生まれの僕たちもまた「父なき世代」だからかもしれません。

 技術革新やグローバル化の波によって世界はどんどん変化し、一昔前の規範や考え方などすぐに捨て去られてしまいます。そんな現代にあって、僕たちも進むべき道を指し示す人がおらずに迷っているのです。

 自分が本当にやりたいこととは何か。自分の夢とは、志とは何か。それが定まらずに不安や葛藤を抱きながら、日々もがく。日本にとどまらず全世界で、本作はそうした人々から共感を得ることでしょう。